ブログを書いていると文章がまとまらずお蔵入りすることや
後で読み返してみるとこんな筈では…ということがあります。
でも、文章にしようとすることで見えなかったことが
見えてくることもあります。
そこで、ブログ−くらし日和 から感じたことや気がついたことを
少し見方を変えてコラムにしました。

■ 誤差

誤解を恐れずにいえば・・・
結局、わかってないのは自分なのだ。

ふつうに見て、ふつうに考えてわかるのは大切だろう
でも、どうしてそれがわからなくなるのだろう。

どんな分りやすいことでも、わかる時とわからない時がある。
わかるための素地がないと、どんな分りやすいこともわからない。
でも、いつかその準備ができた時に、わかることがある。
何でこんなことが分らなかったんだ、と感じる時がそれだ。

自分の目と他者の目は同じではない。
育った環境も、今いる環境も
性別や年齢、性格だって違う
同じ親を持つ兄弟だって全然違うんだから
双子だって似ているところが多くても
やっぱり同じではないのだ。

だから感じ方や考え方に誤差が生まれる。
同じものを見ても聞いても
それまでが違うのだから誤差が生まれてあたりまえだろう。

ピンポイントの正解や全く同じ解釈よりも
誤差を含んだ近寄りや近づきや集まりでいい  
誤解を恐れずに・・・いや、恐れなくていいのだ。

他者と向き合うことだから、そこには必ず誤解が生まれる。
でも、誤解は生まれるけれど、
誤解が生まれなかった状況よりは、良いのだと思う。

大事なのはそこで誤解があることを知ること
全てをソツなくまとめるのではなく、どれが重要で必要なのか
そしてこれから先も変わらないで必要とするものは何かを
考えることだと思います。
そのためのコミュニケーションかもしれない。
誤差があるからといって怒るのは誤解なのだ。

これまでの STOCK TAKING
■ クリエイティブ最前線
■ 急がば回れ
■ プレゼントから形へ
■ たたき台が道をつくる